西国街道を行く(5日目:長岡京・長岡京発見の地〜京都・東寺)

神戸から京都まで、旧西国街道を歩きました。最終日5日目は、長岡京市から終点の京都まで。

〔行程〕長岡京発見の地の石碑ー一文橋ー中小路家住宅ー五辻の常夜灯ー須田家住宅ー築榊講常夜灯ー久世橋ー羅生門跡ー東寺(所要時間:3時間)

〔気象情報〕晴れ時々くもり 気温10度

長岡京発見の地からスタート。

小畑川に架かる一文橋。洪水で何度も橋が流されるので、通行人から一文づつ徴収して橋の架け替えに充てたことからこ橋の名がついたそうです。

デザイン会社を経営する私としては、一文銭のモニュメントに感心しました。

江戸時代に庄屋を務めた家で、母屋は弘化5年(1848)に建てられたものだとか。現在は国指定有形文化財に指定され、母屋を改装した喫茶室があり、寄席やコンサートなどのイベントも開催されいるそうです。

パンフレットや広告を作る際に、メインビジュアルに使える被写体でした。

向日市らしい「竹」をモチーフにした道標。

このサインはデザイン性の高いもので、他の街にはない個性が感じられます。

楊谷寺(柳谷観音)へ行く参拝者のため、柳谷道の起点となる五辻に立てられた常夜灯。「五辻の常夜灯」と呼ばれています。

幕末まで醤油製造販売を家業としていた須田家の住宅。町家形式の建築物で、母屋が文化財に指定されています。

築榊講(つきさかこう)常夜灯。伊勢講のひとつである築榊講が、天保13年(1842年)に建立したものを、現在の位置に移設しました。

そういえば、常夜灯本体と柵の石がアンバランスですね。

桂川に架かる久世橋。昔はもちろん橋はなく、小舟による渡しだったことでしょう。

平安京の南の表玄関であった羅生門跡。今では、小さな公園の中に石碑だけ立っているだけです。

いよいよ終点の東寺。現代でも威容な大きさを誇るお寺だけに、当時の旅人はさどや驚いたことでしょう。この東寺をみて、西国街道の旅は終了です。

〔感想〕

達成感はあるが「昔」感が乏しい
神戸・三宮から京都・東寺までを延べ5日で踏破しました。それなりの達成感は味わえましたが、
以前に熊野街道を歩いた時のような「昔」を感じるところまではいきませんでした。
これといった拠点が少なく、新しい建物や道ができているの仕方がありませんが、
せめて途中に「街道の駅」的な茶店を数カ所設置して、そこで休憩できたり、お茶や軽食が楽しめたり、
昔の資料を展示したり、スタンプを置いたりすればもっと楽しいだろうと思いました。

トイレには苦労する
また、道中にトイレが少ないのも困りました。京阪神間なのでコンビニには事欠かないだろうと思っていましたが、
意外に少なく、歴史街道推進協議会が発行しているパンフレットにも表記が少ないです。

健康維持にはもってこい
西国街道は、高低差がなく道も整備されているので、初心者でも特別な装備がなくても誰でも気軽に歩けます。
負荷をかけようと思えば距離を延ばせばいいし、疲れたら近くのバス停や駅で止められます。
老若男女、現在人の健康維持におすすめです。
(昔の旅人は、1日に約40kmほど歩いたそうです)

株式会社ブレーンファクトリーは、ハイキングコースをPRするパンフレットやポスターをデザイン・制作することが多く、代表自らいろんなコースを歩いています。今後も別のコースにチャレンジしてレポートします。

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